今剣(いまのつるぎ)

  • 短刀
  • 長さ 6寸5分(約19.7cm)

源義経が自害に用いた小鍛治宗近の短刀と伝える。宗近が宿願あって、鞍馬寺に奉納した6寸5分(約19.7cm)の短刀を、別当が申しおろして”今の剣(いまのつるぎ)”と名づけ秘蔵していたが、義経が鞍馬にいた少年の頃、それを与えた。義経はその後、平家討伐にも身を離さず所持していたが、平泉で自害するときも、これを乳の下に突き通し、腸をえぐり出したという。

義経は、源義朝の九男で、波瀾多い生涯を、装剣具の画題にしたものが多い。牛若丸と称した少年時代、鞍馬山の天狗について、剣術修行した”鞍馬山”、五条の橋の上で、弁慶との闘いを描いた”牛若丸”、平家追討のさいの”一の谷””鵯越”、四国における”屋島の戦””扇の的””八艘飛び””弓流し”、戦後、土佐坊昌俊に襲われた”堀河夜討ち”、奥州へのがれる途中の”勧進帳”などがある。

”八艘飛び”は寿永4年(1185)3月、壇の浦合戦の最後、剛勇無双の平教経が、源義経目がけて襲いかかった時、力では叶わぬと見た義経は、2丈(約6.1m)ばかり、または弓の2倍ばかり、離れた味方の船に飛び移った。それを画題では船八艘を飛び越えた、と誇張して”八艘飛び”とよぶ。

(参考文献:日本刀大百科事典より転載・引用・抜粋)