建武~明徳(1334年から1394年まで)の約60年間を歴史的観点から南北朝時代と呼びます。この時代の日本刀は刀剣の作成上で特殊な形態をとるものが多くありました。その特徴はというと、刀剣は豪壮長大な武用の一点張りの大太刀が作られた点、そして小脇差や短刀類に明確な大型化や身幅の広がり、反りが作られるようになった点にあるでしょう。

鎌倉時代に見られた相州物は芸術性と実用性の両立が果たされていましたが、このような変化によって深い芸術性は失われ、殺伐とした印象が強まることとなりました。

殺伐とした印象を構成する要素はいくつか考えられ、地鉄に整った地景のある深み(潤い)が無いこと、地中刃中の沸(にえ)の力や光の強さが違い、沸がかす立つことなどが考えられます。

 

どうしてこのような変化が生まれたのでしょうか。

まずは当時の南北朝時代が、持明院統を支持する京都中心の足利政治勢力と大覚寺統を支持する吉野(現在の奈良辺り)の朝廷勢力の対立によって二所朝廷という混乱を極めた社会背景があったことが考えられます。

また当時すでに細い刀は芸術作品扱いを受けていたため、兵杖とされにくくなる傾向があったのかもしれないとの見方もあります。

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