埋忠明寿(埋忠明壽)が手がけた短刀、「山城国西陣住人埋忠明寿 銘 慶長十三年三日月 所持埋忠彦八郎重代」は、慶長十三年の年紀とともに、所持者として「埋忠彦八郎」の銘を裏に刻んだ由緒ある一口です。作風としては、幅広な量感ある作例とは異なり、やや細身で端正な姿が印象的であり、彼の得意とする片切刃造1の中でもとくに完成度の高いものといえます。

長さは約28.2cm(九寸三分強)で、内反ごころのある均整の取れた造り。表は切刃造2、裏は平造3、三ッ棟4で構成され、姿は品位に満ちています。鍛えは小板目肌5がよく詰み、細やかな地沸6が繊細に広がります。刃文は浅い小のたれ7を基調に、互の目8を交えつつ小足9を交え、冴えた匂口10に小沸11がむらなくついており、砂流し12もかかって見どころが豊富です。

この刀に関して特筆すべきは、表裏に施された彫物です。表には玉を追う上り竜、裏には下り竜が巧みに彫られており、とくに下あごの張りなどに埋忠彫の特徴が強く表れています。生き生きとした姿態は、まさに彫刻刀を自在に操る明寿の手腕を物語っており、彫物の真髄を伝える例として評価される一作です。新刀期以降の彫刻表現に与えた影響も少なくないと考えられます。

帽子は乱れ込んで小丸に返り、茎は生ぶ13で先は入山形14です。鑢目は切りでわずかに下がり、目釘孔は二つ。表には長銘と年紀があり、裏に所持銘を刻んでいます。とくに慶長十三年の年紀は、明寿の短刀においてしばしば確認されますが、本作のように表に二行で記される形式は一つの特色といえるでしょう。

山城国西陣住人埋忠明寿の銘に見える埋忠彦八郎については、明寿の近親者と推測されており、この短刀は彼に贈られた作である可能性が高いと見られます。彫・鍛・姿のすべてにおいて質が高く、重要文化財に指定されるにふさわしい格調を備えています。

※1 片切刃造(かたきりはづくり)……片側に刃を付けた構造で、実用性と軽快な姿が特徴。

※2 切刃造(きりはづくり)……鎬を設けず、斜めに面取りされた断面形状。

※3 平造(ひらづくり)……鎬がなく、断面がほぼ平坦な造り。主に短刀に用いられる。

※4 三ッ棟(みつむね)……棟の形が三面構造となっているもの。 ※5 小板目肌(こいためはだ)……細かく均一な木目状の鍛え肌。

※6 地沸(じにえ)……地鉄の上に現れる微細な沸粒(にえつぶ)。 ※7 小のたれ……ゆるやかに波打つような刃文の一種。

※8 互の目(ぐのめ)……山形の刃文が交互に並ぶ形。

※9 小足(こあし)……刃文の中に直線状に下向きに入る小さな火炎のような模様。

※10 匂口(においくち)……刃と地鉄の境目の発光部分。 ※11 小沸(こにえ)……刃縁に現れるきめ細かい沸粒。

※12 砂流し(すながし)……刃中に見られる流れるような線状の文様。

※13 生ぶ(うぶ)……磨上げなどがされていない、製作当時のままの状態。

※14 入山形(いりやまがた)……茎先が山形に尖る形状。

#山城国西陣住人埋忠明寿 #刀剣 #日本刀 #歴史

日本刀や刀剣の買取なら専門店つるぎの屋のTOPへ戻る