「短刀 銘 金重」は、1679年に江戸の幕臣「曽我仲祐」が徳川幕府5代目将軍「徳川綱吉」の長男「徳川徳松」の誕生を祝い献上したものです。

制作者の金重は現在の福井県敦賀の僧でした。のちに美濃国(現在の岐阜南部)で修行を重ね、関鍛冶の祖になったとされます。『元亀元年本」にも敦賀住と記されており、越前為継や国行などとの関係もますが確証はありません。この短刀に見る異様な彫について諸説があり、一応四柱の変型とみたが一説は玉追竜を背部から見て描いたものと考えられています。

 

長さはおよそ29.7センチ(九寸八分)で、反りはおよそ30.8センチ(一分)です。平造、三ツ棟、身幅広く、重ねは特に薄く、浅い先反りがついています。鍛は杢目に交え流れて肌立ち、地沸よくついて、湯走りがしきりに現れ、地景が入ります。刃文浅い小湾れに、互の目を交え、小沸きがよくつき、砂流しがかかります。浅く乱れ込み丸く返り、長く焼下がった帽子になっています。

彫物は表に毛抜型の四柱で、裏に剣と爪を切っています。茎は生ぶで反りはなく、茎尻を刃上がりの栗尻仕立て。鑢目は勝手さがりで目釘孔は2つです。目釘孔の下に大きく「金重」という二文字の銘があります。

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