疵は刀剣の美術的または実用的価値を損じる欠点。美術的価値はすべての疵が損じるが、実用的価値を損じる疵は、烏口・撓え(しなえ)・継ぎ中子・刃がらみ・刃切れ・火焼け物・焼き刃切れ・焼き直しなど、案外少ない。
疵には成因からみて、先天的と後天的の別がある。先天的な疵は、用鉄・鍛錬・火加減・水加減など、刀工側の責任に帰すもので、石気・烏口・鍛え割れ・地荒れ・撓え・染み・月輪・刃がらみ・刃切れ・半月・膨れ・水影・焼き継ぎ・焼き直し・焼き刃切れなどがある。後天的な疵には、使用法に起因する切り込み・刃切れ・矢目など、研ぎ減りによる地荒れ・染み・焼き刃切れなど手入れ不良による朽ち込み、火災による焼け身・火焼け物などのほか、疵隠しのため工作した埋め金・寸延ばし・回し物・焼き継ぎ・焼き直しなどがある。

疵直しは、刀身の疵を直すことをいい、刀身の疵は案外、実用には影響しない。前田家伝来の名物「丈木」のごときは、刀にとって致命的とされている刃切れが7か所もあるのに、切味抜群というので「名物」にさえなっている。実用を重視した江戸期には、疵直しの法も発達しなかった。世の中が平和になり、実用性が薄れてくると、外見を重視するので、寛文(1661)ごろから、疵直しの法も工夫され、それの巧者が出るようになった。享保(1716)ごろ、江戸では又市、京都では夷川六兵衛、大坂では故:宮口寿広が自ら「刀剣病院」と称して、疵直しを巧みに行っていた。
疵には修理可能なものと不可能なものとがある。修理可能な疵は埋め鉄のきく石気・鍛え割れ・地荒れ・炭籠り・膨れ・矢目など。修理不可能な疵は埋め金のきかないもので烏口・撓え・月輪・刃染み・刃切れなどである。
疵直しで多いものは鍛え割れ、つまり肌割れ直しである。これには昔から埋め金、つまり疵の部分に他の刀から取った鉄片を埋め込む方法が行われている。
膨れは熱した金箸で抑えたのち研ぎ直す。熱が刃文に波及すると消えたり、薄くなったりするので、裏から冷却しながら行う。その場合、刃切れの出る危険性がある。刃切れの新しいうちは、錆が中まで入っていないので、表面を研ぎ落とし、周囲を叩いて金を寄せたり、反りを伏せたりすると、肉眼では分からなくなる。最近は刃切れの間に、鋼の薄片を挿入しておいて、電気溶接する方法で成功した例もある。その場合、熱が刃文に波及し、焼き刃切れを起こす公算が多い。焼き刃の切れたもの、鋩子の消えたものなどは、針の先で突っつき、刃文の形をつくる、つまり書くという方法が昔から採られている。そのほか、反りをつけたり伏せたりする反り直しや彫り物・樋などの彫り直しなどもある。

銹は、金属の表面に水分・酸素・炭酸ガスが作用して生じた、酸化物や水酸化物の総称。刀剣に生じる鉄銹、銅鐔などに生じる緑青がその例。サビは荒ビルの名詞化。漢字では銹または鏽と書く。錆をわが国ではサビとよむが、原義は精し、つまり精良という意味で、サビとは反対の文字である。これは「和名類聚抄」において、鉄精(鉄屑)を鉄錆と誤記し、「一名鉄漿 加祢之佐比」と注記したことからの誤解であろう。鉛(し)をサビとよませたものがあるが、これも矛の一種・鋤の先・鎌の柄などという意味で、サビのことではない。
刀の中心の銹色は鑑定の重要な要素になる。それで上・中・下の三色にわける分類法がある。上の色は濃紫または紺色で艶のあるもの、中の色は墨の色に似た黒色で、焼き直し物の銹色もこれに似ているので注意が必要。下の色は銹付け薬をつけて生じた銹の色をいう。これは銹付け薬が鑢目の間にはいり、鑢目を埋めている点に注意。放置しておいて自然に発生した赤錆は、手入れすれば除去できるので、下の色の中には入れない。
刀の中心の黒銹は、中心に鑢をかけ銘を切ったあと、淬刃した場合出るもので、備前や備中物がその例。赤錆はまず淬刃してから鑢をかけ、銘を切った場合出るもので、大和・粟田口・相州・美濃・北国・備後物などがその例。なお、昔は銹の色でもっとも良いのは白銹、次は黒赤銹・黒銹・赤銹の順に悪いとされていた、というが、今日では理解しがたい。
鉄錆においては、よく鍛錬した鋼の場合は、初め少し赤味があるが、年代を経るに従って、紫色になる。これを紫銹といって珍重する。尾張鐔や肥後又七鐔がその代表である。鍛錬の良くない鉄の場合は黒銹になる。山吉・法安・貞命などの鐔がその例である。なお、紫銹の鐔に丁子油をつけていると黒味を帯びてくるが、油を洗い落とすと紫銹にかえる。椿油や菜種油をつけていると、赤色を増してくる。これも洗えばもとの紫銹にもどる。鍛えの悪い鉄の場合は、椿油や菜種油をつけていると、黒色が少し赤く見えてくるが、紫色にはならない。

錆止めとは、刀身や刀装金具に銹の生じるのを防ぐこと。またはそのために用いる油。金属の表面を外気に触れないよう被覆すればいい訳で、昔から植物油を用いた。平安朝期には胡麻油などを使ったが、後世は木の実油の名で、椿や山茶花の油を用いた。杏仁つまり杏子の種子のなかの仁を切って、その切り口をなすりつけておけば、2~3年は銹びないともいう。
現在は丁子油を専ら用いるが、実体は昔の木の実油と同じで、丁子油を少し混ぜ、香気を添えたに過ぎない。しかし、木の実油を寒酒しし、夾雑物を除去してある。刀を研いだあと半年くらいは、毎月古い油をとり、新しい油を引くようにしないと、地肌の中に残存する微量の水分で、銹を生じることがある。その後でも、手が触れたり、唾が飛んだ恐れのある時は、打粉で拭いあと、銹止め油を引いておく必要がある。

銹身とは錆びた刀ことで、刀身の銹びたもの。銹身には疵を隠すため、わざと銹びさせたものがあるので、銹身の購入は大いに注意を要する。

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