淡路国に関しては資料上の記述が限られ、作風を具体的に示す情報は乏しいとされています。ここでは同じ南海道に属し、比較的作風が整理されている阿波国の海部派を中心に見ていきます。

阿波国では、「海部(かいふ)」と呼ばれる刀工の一派が知られています。「古刀銘尽大全」によると、この海部派には二つの系統があり、一つは康暦※1・応永※2頃の刀工「氏吉」を祖とする系統、もう一つは「藤」という人物を祖とする系統とされています。しかし、氏吉の作で応永以前までさかのぼる確実なものは見られません。

この海部派の作風には、全体として次のような傾向が見られます。

海部派の作風

姿

刀や脇指は、大和伝の刀のように鎬が高く、鎬幅も広めのものがあります。短刀には反りがないものや、わずかに反りがあるものが見られます。

地鉄

板目肌に柾目が混じる地鉄で、やや柔らかい印象があります。地鉄が少し白っぽく見えるものや、地斑があり、光沢が弱く地景が目立つものも多いです。

刃文

直刃や湾れ刃、小乱れ刃などさまざまなものが見られます。小沸がつき、やや焼きが崩れ気味で、匂口が締まりに欠けるものも少なくありません。

茎は先まであまり細くならず、栗尻で浅めの形が多く見られます。鑢目は切り鑢や浅い勝手下がりが多い傾向です。

※1 康暦

康暦年間(1379~1381)頃。

※2 応永

応永年間(1379~1381)頃。

 

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