この「短刀 銘 国広(國廣)」は、一見、正宗十哲の一人と伝えられる筑前左文字を思わせるほどのものです。地刃の出来も見事で、若打作中の傑作といえるでしょう。

作られた年紀の記載がありませんが、おおよそは推測可能です。国広の作刀として最古の記録は1576年(天正四年)であること、この時代の銘字は角張っているものの細鏨なことから、こちらは天正五~六年頃に作られたと考えられています。

特に、この時代の国広の特色として作品は二字銘が多く、長銘はむしろ少なく、鑢は勝手下がり。国の字はクニ構えが角張って長め。廣の字は全体に長めで、「廿」の下が短く、田の字は尻つぼみになって長い点が見所です。

 

「短刀 銘 国広」の長さはおよそ22.7センチ(七寸五分強)で、反りはわずか。平造りで庵棟、わずかに反りがついており、フクラは枯れごころとなった小振りの短刀です。鍛は板目肌がよくつみ、地沸がついて、冴えて地景が入ります。

刃文は少しのたれに互の目や尖り刃などが混じり、匂深く、小沸がよく付き、飛焼がかかっています。帽子は乱れ込んでおり、先端は下向きに尖って強く返ります。

茎は生ぶ。区をわずかに送って、先はやや細まって栗尻になります。鑢目は勝手下がりで、目釘孔は二つあり、その中央の一つは忍び孔です。目釘孔の下の中央には、大振りで角張った二字銘があります。

 

当時の国広の作品には、末相州物や美濃物のような出来が多く見られます。中でもこの短刀は、その作域の広さと名工たる素質がうかがえる作品です。こうした覇気に溢れた作は、やはり若打に見られるところであり、後にも同じく左文字をねらったと思われる短刀が現存します。ただし後の作には、老熟さはあれどここまでの覇気はありません。

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