為次が、鎌倉初期に活動した古青江派の刀工であることは間違いありません。銘鑑によれば、健暦時代の備中青江守次の子で、貞次とは兄弟とされています。

現存する為次の作品のうち、銘が切られたものは2~3振りしか存在しません。しかしその出来は、古備前物と見紛うほどの作風です。ただし鑢目の大筋違いや佩裏のやや太鏨の銘などに、古青江派の伝統らしき特徴が見られない点には注意が必要です。

 

この『太刀 銘 為次(狐ヶ崎)』 は、1200年正月の駿州狐ヶ崎の戦で、吉香友兼が梶原一統を倒した際に携えていたものと伝えられています。当時の黒漆革巻の太刀拵えが、比較的良い状態で残されていることから、刀装研究における貴重な資料としても有名です。

長さはおよそ78.8cm(二尺六寸)、反りはおよそ3.3cm(反り一寸一分)。鎬造りで、庵棟、中鋒。腰反は高く、踏張りがしっかりしており、やや先反りごころではあるものの、太刀姿は堂々としています。測肉の豊かさが感じられる一振りです。

地鉄は小板目が詰まって、地沸がよくついており、部分的に黒肌が交じり、沸映り風の地班が目を引きます。刃文は、下半が湾れ風で、上半は中直刃で仕立てられています。小沸が深く出ていて、小乱。足や葉がよく入って働きが変化に富んでおり、見事です。焼出しには、少々腰刃風のものが見られ、古調があります。

帽子は表裏共に沸崩れがあり、先端は掃掛けた形状です。茎は生ぶで、先は栗尻が浅く、やや高く反りがついています。鑢目は大筋違いで、目釘孔は2つ。その下の佩裏(はきうら)の棟寄りには二字の銘が切られています。

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