町彫

町彫

 

室町時代の後藤祐乗を祖とする後藤家の作を「家彫(後藤家彫)」と称するのに対して、その他の金工の作品は「町彫」と称され町民文化として親しまれてきました。

町彫は、横谷宗珉が後藤家の作風に対抗し、自由な意匠で片切彫りを創始したのが始まりです。宗珉の他、石黒政常・政美、大森英秀、柳川直政、浜野政随、一宮長常、河野春明や奈良派の奈良利寿・土屋安親・杉浦乗意らの金工家がいました。横谷派から出た柳川派、奈良派、大森派などが特に高名です。

柳川直政を祖として江戸時代末期まで繁栄した柳川派は、小柄、笄、縁、頭、目貫などを主な作品とし、特徴としては赤銅魚子地に高彫色絵を施したものが多く、また宗珉から受け継いだ片切彫りの技術も優れたものでした。

幕末三名工と称される後藤一乗・田中清寿・加納夏雄の町彫も高い人気があります。

町彫には華やかなものが多く、幕末三名工の一人後藤法橋一乗の代表的な作品「草花に虫図三所物」は、草花と虫を題材に用いて制作されました。彫られている花々は、朝顔、菊、沢瀉、菖蒲、水葵、河骨、菫など多種多様で、これらの題材は一乗が生涯にわたり得意としていたものです。巧みな技術はもとより、四季のうつろいが感じられる見事な彫りが評価されています。

日本刀や刀剣の買取なら専門店つるぎの屋のTOPへ戻る